
南島の歌人 長谷草夢の世界【2】 川涯 利雄
友と酒
協調精神と誇り取り戻す
「熊毛文学会」の催される夕は、妻が作った刺身と焼酎の二合瓶を持って鹿児島県・種子島の西之表市街の外れ、田屋敷の長谷草夢の家に行くのが楽しみで、昼から落ち着かなかった。
真剣な文学論続く
その会には三つの厳しい掟があった。「焼酎は持参のこと。焼酎は二合に限ること。夜の八時までは栓を抜いてならぬこと」
たちまちにして制止の利かないものになった苦い経験から生まれた厳しい掟であった。
八時を過ぎると誰からとなく弁当が開かれ、音もなくちびりちびりと独酌がはじまった。批評は極めて真剣な文学論が続いていた。
新芽ふく山の雨景を眺めつつまだほろ酔ひの
皆行儀よし
これは長谷草夢の即興の歌である。風を孕む雲のように、八時半過ぎ、九時近くの高揚を予感させる歌である。
酒の回りはじめた同人たちの批評は冴え、会は盛り上がる。ところが自ら焼酎が回りはじめ、雰囲気に煽られた司会役の長谷草夢もつい乗りすぎて、
酔ひ痴れし夜の翌くる日の今日を居て心さびしもよ
春の雨降る
皆様に迷惑かけし翌日を原紙切りをり贖罪のごと
この男酒には丸で駄目なりと慚愧いや深し
原紙切りつつ
と歌わねばならないようなことも確かに一度や二度ではなかったように記憶する。
禁じられた焼酎
長谷草夢は、妻のすがさんが外出すると、昼間は禁じられている焼酎を取り出し、
人間に罪といふものはあらぬ故に春しづかなる昼ひとり飲む
と老荘思想のようなことを呟き、自己弁護しながら、水のように薄い焼酎を飲み、飲みながら同人誌『熊毛文学』のガリを切る人であった。
次第に酔いが回る夕暮れのころ、本来、外出嫌いの長谷草夢もとめどなく人恋しくなって、近くの鍼灸師本城円修のところにふらりとやって来る。
円修子ちびりちびりとやりながら歌ひねくれる
ところにぞ来し
春浪の音おだやぎし宵に来て歌人円修と
しづかにぞ飲む
呼びにやりし柳田桃太郎来たりけり忽ちにして
うれしくなりぬ
つきよみの門より来つる人われや酔ひありくかな
桃太郎君と共に
よき人を七たり八たりここのたりわが持たりけり
悔ひなかりけり
人はたださびしきものと知れれどもかくの如くに
酔ひつぶれたり
人は誰でも多面体である。長谷草夢という人もまた、こんなに明朗でユーモアの精神豊かな面を持つ人であった。本来、友情にも厚かった。こんな歌もある。
むしろ着て春時雨降る植林に一人入り行く人に降参す
すべるから杖にせよとて清さんが桜の枝を
切りてくれたり
自己研鑽の心培う
長谷草夢のこういう人間的魅力が「熊毛文学会」に多くの実力ある歌人を育て、同人・読者相互の友情を育て、自然な形で協調精神を養い、島人に誇りを取り戻させた。まだ、生涯教育と言う言葉もない時代だったが、いちはやく、自己研鑽の情熱を種子島の人々の心に植えつけたのは長谷草夢の力であった。
陶淵明の「桃花源記」に描かれた村人たちの、あの人なつっこい親切なものごしがこの西之表の歌人たちと重なって、私には、陶淵明の理想とした人間たちは今、ここにこうして実在しているのだと感じた記憶がある。